ここのところ毎年”大人の流儀”が出ますね。つい買ってしまいます。

 

 

もっと話しておけばよかった

 親が子供に対して、最後になしえる教育は、己の死をもって伝えることだ。

 通夜、葬儀の席に弔問に訪れた人たちから聞かされた言葉だった。
 「あなたのお父さんは、晩年、あなたのことを皆が誉めて話すと、本当にうれしそうにしていらっしゃいました」
 その話を聞いたとき、私は正直、驚いた。
 父は、私が小説家として歩んでみようとしたとき、ひどい剣幕だったと母から聞いた。 父に言わせれば、小説家なぞというものは、世の中にあっても、なくともよい仕事であった。今でこそ、小説家は世の中に認められているが、あの頃の田舎の人から言わせれば、大方、詐欺師のような職業と思っている人が多かった。
 父は、半生で学んだ、大人の男の肝心があった。
 --その仕事は他人のために、己以外の人のために役に立ち、必要とされる職業か?
 父にとって、仕事とは自分たちがきちんと生きることができ、なお、誰かのために役に立っているかが大切だという考え方だった。

 
親父と息子の関係は、なんとなく照れくさいのか、言葉少ないかなと思う。
言葉少ないからこそ、背中を見て育つというところがあると思う。
毎年、成人の日に新聞一面に伊集院さんの言葉が載ります。

 
「むかい風を歩くんだ。」 2015年成人の日

成人おめでとう。
今日からみんな大人だって? そんなはずがない。
一日で大人になれるわけがない。
どうしたら大人になれるかって? こうだ、という答えはどこにもない。
その上、大人になる近道もないし、特急券も売っていない。

上り坂と、下り坂があれば、上り坂を行くんだ。
甘い水と、苦い水があれば苦い水を飲みなさい。
追い風と、向かい風なら、断然、向かい風を歩くんだ。

どうして辛い方を選ぶかって?
ラクな道、甘い水は君たちに何も与えてくれないし、
向かい風の中にだけ他人の辛酸の声が聞こえるんだ。
真の大人というものは己だけのために生きない人だ。
誰かのためにベストを尽くす人だ。
金や出世のためだけに生きない、卑しくない人だ。
品性のある人こそが、真の大人なんだ。

 

 

 

この文の説明がまたいいんです。

 

「人生は、その人だけのものに見えて、実はその人だけのものではない。
 どんな結果であったかより、どう生きたかが人生の肝心であり、人生そのものと私は考 えている。」

 

しびれませんか?

後書きがまたいいんです。

 
 読者の一人から、ある日こう言われました。
「自分は家族を失って不運だと思うことが今でもあるけれど、考えてみたら、若くして亡くなってもそれは寿命であって、その短い寿命の中にも必ずまぶしい季節があったはずですよね」

 たとえ3つで亡くなった子供だって、その目で素晴らしい世界を見たはずです。だから「たった3つで死んでしまって可哀想だ」という発想ではなくて、「精一杯生きてくれたんだ」という発想をしたい。そうしてあげないと、その子の生きた尊厳もないし、死の尊厳も失われてしまうのです。

 苦しみ、哀しみを体験した人たちの身体の中には、別離した人々が、いつまでも生きていて、その人の生の力になっています。
 だからこそ懸命に生きねばならないのです。

 

 

2017年8月1日
株式会社 名北総合技研          代表取締役 山田雅登

マハトマ・ガンジー
「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」