最近、山中さんは研究員が行った不正論文事件に関しての記者会見の時、苦渋の表情をしていました。
また、「NHKスペシャル”人体”神秘の巨大ネットワーク」でタモリさんとMCを務めている番組も見応えがあります。
山中さんは、その真摯な受け答え、表情などから大変誠実な方だと感じます。

ラグビーの平尾誠二さんとノーベル賞の山中伸弥さんの交流を、平尾さんの寿命が尽きる「最後の一年」を中心に語られています。
どちらも世界的に有名で超多忙な2人は本当の親友だったんだなと感じます。
平尾さんをしのぶ「感謝の集い」で、山中さんが「君の病気を直すことが出来なくて、本当にごめんなさい」と挨拶するほど濃密な時間を過ごしたようです。
涙無くしては読めない内容です。

 

2016年10月に亡くなり2017年2月平尾さんをしのぶ「感謝の集い」での山中さんの言葉を全文。

 

 

 

 平尾さん、久しぶり。

 相変わらずかっこいいですね。
 僕は君と同い年です。高校生の時からずっと君に憧れていました。出会ってからは君のことが大好きになり、そしてものすごく尊敬するようになりました。君は病気がわかってから、さらに格好良く立派でした。

 君の病気がわかったとき、それはずいぶんと癌が進行していて、普通の人だったら呆然として何も出来ないような状態だったと思います。でも、平尾さん、君は最後の瞬間まで病気と闘いましたね。

 いろいろな治療を試しました。あるとき、平尾さんに「この治療は世界初で、まだ誰もやったことのない治療だから、どんな副作用があるかわからない」と言いました。
 すると君は、心配するどころか顔がぱっと明るくなって、
「そうか先生、世界初なんか。けいちゃん聞いたか?俺ら、世界初のことやってるんや」 そんな風に言いましたね。

 あるとき、僕が病室を訪れた後、君はこう言ったらしいですね。
「なんか先生、元気なかったなあ。大丈夫かなあ」
 平尾さん、君のことが心配だったんです。僕が君を励まし、勇気づけなければならないのに、逆にいつも僕が平尾さんに励まされていました。

 君が亡くなる前の日、病室でお会いしましたね。声がなかなか出せず、うまく聞き取る事が出来ませんでした。でも僕が「平尾さん、もうすぐ孫が生まれておじいちゃんやな」といったら、はっきりとわかる声で「まだまだですわ」と、はにかみながらとても嬉しそうに言いました。
 それが君との最後の会話になりました。でも僕は、最後の会話がそんな内容だったことを嬉しく思っています。

 君が元気なとき、一緒に飲みに行って、たくさんのことを教えてもらいました。一番心に残っているのは「人を叱るときの四つの心得」。その事を、亡くなってから思い出しました。

 ・プレーは叱っても人格は責めない。
 ・後で必ずフォローする。
 ・他人と比較しない。
 ・長時間叱らない。

 君のようなリーダーと一緒にプレーが出来、一緒に働けた仲間は本当に幸せだったことでしょう。もちろん、僕も君と一緒に過ごせて最高に幸せでした。

 平尾さんありがとう。そして君の病気を治すことが出来なくて、本当にごめんなさい。また、きっとどこかで会えると信じています。そのときまでしばらく・・・。
 また会おうな、平尾さん

 

 

 

お互いが思いやり、目の前に起きている現実に一生懸命、誠心誠意にあたり、肝胆相照らす間柄だったんだとわかります。

ノーベル賞を受賞した後、平尾さんの仕事関係者から山中先生に講演を頼んでほしいと依頼があったときのこと。
ノーベル賞受賞後の多忙な時期に、急な講演の依頼なら簡単に断るし、通常はこの種の依頼はほとんど断っている状況の中、講演依頼を快諾してくれたとき。

 

 

 

 

「普通、これは断るで。勉強になるわ。自分も初心に戻れる。」
 と言いました。
 人にはそれぞれの環境があり、いろいろな都合や事情もあるから、「このぐらいの頼まれ事なら断ろうか」と思うことが誰にでもある。
 そんなときでも、山中先生は誠実に対応してくださった。
もちろん、仲の良い自分の頼みだからと言うこともあるだろうが、これはなかなか出来ることではない。
 自分も人に対して誠実に生きているつもりだけれど、山中先生の人柄に接して、改めて誠実であることの大切さを痛感した。
 主人が言う「初心に戻る」とは、こういうことでした。

 

 

 

お二人の誠実な人柄は、お互いが何事にも変えられない信頼関係を築いていることがうかがえます。
私たちの仕事においても、過去の実績、仕事への取り組み方、考え方から信用していただき、これからの未来に対して会社を、社員を信頼していただける。その根本は誠実に取り組むことだとあらためて感じます。

 

最後にふたりの対談のなかで、理不尽が人を成長させると言っています。

 

 

 

 

 ラグビーボールが今も楕円形なのは、世の中というものが予測不可能で理不尽なものだから、その現実を受け入れ、その中に面白みや希望を見出し、困難な状況を克服することの大切さ、素晴らしさを教えるためではないだろうか。
 「人生はラグビーボールと同じ。楕円形のボールはどこに転がって行くかわからない。しょうがないやないか」

 

平尾 世の中には理不尽なことがたくさんある、というのが僕の持論なんです。
   僕らが中学高校の頃は。ラグビー部に限らず運動部でのしばきがよくあっ
   たけど、あれも理不尽なやり方やった。
   暴力やしごきを肯定しているわけじゃ決してないです。

山中 理不尽なことに耐える、という意味で大事やと。

平尾 そう。僕は「体育会系は日本を滅ぼす」という論を持っていたんですが、
   今は逆に、そういう理不尽さも必要だと思うね。
   理不尽や不条理や矛盾を経験しないと、やっぱり人間は成長しないし、
   強くならないと思う。
   理不尽な経験をポジティブにとらえれば、得るものがいろいろあるはず
   なんです。
   むしろ逆にそれを面白がるくらいじゃないとね。
   「しゃあない、こんなこともある。でも、なんとかなるわ」という気持ち
   で理不尽に臨んでいけるやつ、その中で生きているやつで無いと、何をす
   るにも絶対無理ですわ。

 

 

世の中で起きることは理不尽なことが普通だという前提で物事を捉えれば、不平や不満を持たなくて済みますね。

 

 

2018年2月1日
株式会社 名北総合技研          代表取締役 山田雅登

マハトマ・ガンジー
「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」